【月報】2026/06 BOY MEETS GIRL
目次
美術館
野見山暁治―空にあそぶイメージたち - 大川美術館

大川美術館にて野見山暁治の展覧会が開催されていたので行ってきました。氏が101歳のときに手掛けた、ポスターに載っている「当てにならない」という作品がよかった。
コレクション展の「ハイレッド・センターのアーティストたち」が一番印象に残った。ハイレッド・センターとは、高松次郎・赤瀬川原平・中西夏之の3名によって1963年に結成された集団。特に高松次郎「影 No248」の作品が、何も掛けられていないフックなので、板に鍵の影が写っている作品で面白い。中西夏之は、11月に茨城県近代美術館で展覧会があるので、そちらも行ってみたいと思った。
本
絵画を読む イコノロジー入門
イコノロジー、日本語で書けば「図像解釈学」とは、作品を成立させている因子、歴史的・社会的・文化史を総合的に再構築し、作品のもつ本質的な意味を探索することである。このイコノロジー研究の第一人者は、パノフスキーであるが、日本の著者で30年前にイコノロジー入門として書かれたのがこの本である。
専門家や時代によって絵画には様々な解釈が生まれうる。この本も30年前に書かれた本なので、新たな解釈が出ているだろう。だが、絵が描かれた当時の歴史・社会などの知識を知ることで、各々の鑑賞者の解釈ができ、感性だけでない絵を観る楽しみ方ができるだろう。
ヒルマ・アフ・クリント関連
ちょうど一年前に東京国立近代美術館で開催されていたヒルマ・アフ・クリントの展覧会に行って、図録なども買っていたのですが、今月はようやくヒルマ・アフ・クリント関連の書籍を読むことができました。
自分がヒルマ・アフ・クリントを知ったのは、ドキュメンタリー映画の「見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界」からです。このドキュメンタリー映画を観たときは、スピリチュアリズムや神秘主義、女性5人のグループ「De Fem」の交霊会などの背景知識がない状態でしたし、展覧会に行った際も特に予習せずに行きました。
今回、関連書籍を読んでみて、アフ・クリント作品の背景情報を知ることができました。ヒルマ・アフ・クリントについて知れる書籍や映画について紹介した記事も書いているので、そちらも参考にしてみてください。
失われた芸術作品の記憶
時代を経た作品が美術館などにあることが、当たり前のように感じてしまうが、実際にはさまざまな理由で失われた芸術作品もある。本書は、さまざまな理由をテーマにして、失われた作品を紹介している。
その理由には、窃盗・戦争・事故・偶像破壊などさまざまだ。そうした不可抗力で失われた作品もあれば、一時的にしか存在しない作品や、作者自身で破壊した作品もあげられる。内容はとても興味深く、図版がカラーで読みやすいのでおすすめです。
アート・プロデュース概論
本書で書かれているアートとは、展覧会・イベント・コンサートなどの芸術活動を指す。そのなかでもアートとビジネスを結びつけるプロデューサーの役目について書かれている。アートの基礎概念からはじまり、著者が自ら企画制作、運営をしてきたプロデュース事例など教科書的に書かれる。正直、期待していたものとは違うかなといった内容だった。
イギリス的風景: 教養の旅から感性の旅へ
旅や田園の変容を通じてイギリスを見ていく本書。古典教養を学ぶために、イタリアへと旅した「グランド・ツアー」から考察がはじまる。その後、ピクチャレスクの概念や、徒歩による旅である「ペデストリアン・ツアー」など、教養のための旅から、美しい自然を感じる感性の旅への変貌をたどる。
人々を旅に駆り立てた要因としては、旅行記や絵画がある。本書では様々な作家の旅行記や画家についての記述があり、面白い1冊でした。
春本を愉しむ
帯にあるように、お咎めのないエロは、エロではない春本についての案内書。禁書指定を免れるために、「暗号春本」なるもので、ひらがなの字形を変換して免れようとしてたりなどのエピソードが面白い。
古典春本である「壇ノ浦枕合戦」は、日活ロマンポルノとして映画があるらしいので観てみたい。
刺青とヌードの美術史 江戸から近代へ
理想化された裸体としての「ヌード」という芸術様式は、西洋固有のものであった。価値観が異なる日本が、明治以降に入ってきたこの「ヌード」という様式をどのように受け入れたのかが、考察される本書。ケネス・クラークの「ザ・ヌード」をいつか読みたいと思っていたが、最初に本書を読んで、西洋と日本の異なる価値観などを知ることができたので、よかった。
タイトルに「刺青」とあるが、刺青についての記述は最後の1章のみである。刺青は、近代の裸体画から抜け落ちてしまっている日本の裸体芸術として取り上げる。以外にも、民俗学や文化人類学では研究されているが、美術史という文脈での研究はないらしい。
日本人の裸体観とは何なのか。美術から見ていく1冊になっています。
ブルーフィルムの哲学: 「見てはいけない映画」を見る
藤田敏八監督の映画が好きなので、いつか日活ロマンポルノの映画をまとまって観たいと思っている。ブルーフィルムについて知らない状態で本書を読んだが、ブルーフィルムとは、ポルノ映画ではあるが、公に上映されている映画のことではない。無修正に性描写がある映画で、製作することも、上映することも違法のポルノ映画のことだ。
こうしたブルーフィルムがあったことについて、忘れられつつある。著者は、高知の大学に勤めていた時に、ブルーフィルムに出会い、ブルーフィルムとは何かと本書を通じて問いかける。違法なポルノ映画であるゆえに、作品自体が十分に残されていない。なので本書は、ブルーフィルムに関して描かれた文学・映画・漫画などの資料から、論じていく。
ブルーフィルムが今の時代に再び「現れるに値する」ことを証明しようとする1冊です。
有害図書の本
有害図書とは長野県を除く全国46都道府県が条例で定めた「青少年の健全な育成にとって有害な図書類」のことである。この歴史や、各都道府県の現状、実際に有害図書指定を受けた著者へのインタビューなどが書かれている。
東京都では、「不健全図書」という名称が使われていたが、成人にとっても有害であるかのような誤解を生じるとして、2024年に「8条指定図書」という名称に変更されたことなど、知らないことが多く、勉強になった。本の後半では、指定された図書の紹介があるが、セレクトがおじさんぽくて、本当に青少年のための条例なのか?と疑問を投げかける。
「本」とともに地域で生きる
地域の本屋・図書館・ローカルメディアを紹介する本書。著者が島根県出身であることから、西日本の本屋などが多かった。あまり西日本に行く機会はないが、こうした地域の本屋や図書館などを訪れてみたいと思った。
映画
ドリーマーズ
舞台は1968年、五月革命前夜のパリ。米国留学生のマシューは、文化革命のデモの最中、イザベルとテオという美男美女の双子の姉弟に出会う。このデモはシネマテーク擁護運動という現実にあったものだ。シネマテークを創設したラングロワが当時の文化相により更迭されたことを受け、トリュフォー、ゴダールなどが擁護運動に乗り出した。映画が摘発されるということは、社会に影響を及ぼす革命的な要素がこの時代にあったことがうかがえる。
これまでベルトルッチ監督の作品を観て、「幻想が幻想として機能しなくなる」といった特徴があるが、本作も顕著だろう。3人での映画当てゲーム(インサートされる白黒映画やオマージュが素晴らしい)、両親が旅行中での閉鎖空間での淫らな性。ラストに家の窓ガラスが割れ、「街が部屋へ!」と叫ぶイザベル。外ではデモの運動が起きている。暴力は解決にならない、頭をつかうのだというマシューの言葉は届かずに、姉妹はデモ隊の人波へと消え警官に火炎瓶を投げつけて、警官がカメラの方へ突撃してきてエンドロールになる。
タイトルのドリーマーズは、「夢を見る人」「夢想家」という意味だ。この映画の時間感覚もおかしい、明るい場面だと思ったら、次の瞬間には暗い場面になっている。夢の中にいるような感覚だ。夢から醒めたのはマシューだけなのが、悲しいラストだ。
音楽
CYNHN - 春を攫った
CYNHNの新曲。
サビのボーカルのミックス?がおかしくて耳に違和感が残る。サビでこういうことしていいんだって思った。
littlegirlhiace - BOY MEETS GIRL
今月は、littlegirlhiaceの新譜ばかり聴いていた。
アルバムの流れがいいですね。
チェンソーマン触れてないけど、見たほうがいいのかな。










